Digital Archive
生成AIを活用したデジタルアーカイブ「普賢岳アーカイブ」
1990年(平成2年)から続いた雲仙普賢岳の噴火災害について、写真・新聞・冊子・文書・映像を集め、権利を守りながら公開するデジタルアーカイブ「普賢岳アーカイブ」を開発しています。資料の公開範囲に応じて2種類のAIを自動で使い分け、新聞の紙面は外部に送らず利用者のパソコンの中だけで文字にします。防災の学習、資料をきっかけに語り合う場、研究者が資料をまたいで調べる「統合リサーチ」までを、一つの仕組みの上に組み立てています。
背景
デジタルアーカイブとして資料が公開されていても、量が多く、どこから読めばよいかが分からないまま参照されないことが少なくありません。資料が保存・公開されていることと、実際に読まれて活用されることとは別の問題です。一方で、災害の資料には新聞社や個人の方が権利を持つものが多く、だれに見せてよいか、AI に渡してよいかは資料ごとに異なります。「使われる」ことと「守る」ことを同時に満たす仕組みを、雲仙普賢岳の災害資料を題材に設計しています。
システムの構成
資料を集めたアーカイブを土台に、学ぶ・聞く・語る・調べるための機能を載せています。公開した資料はだれでもログインせずに無料で見られ、AI に質問する、画像をダウンロードする、ラウンジに書き込むといった操作のときにログインが必要になります。
学習
人が書いたレッスン7本と、AI チューター・AI との議論・AI クイズ。小学校低学年から中学生まで、学年に合わせて話し方を変える。バッジは13種。
資料について AI に聞く
資料のページから、その資料の本文・書き起こし・画像をもとに AI に質問できる。回答には誤りが含まれうることを画面に示す。
普賢ラウンジ
資料を添えて語り合う語り場。年代ごとの空中写真を 3D の地形に敷いた「時をたどる」と、展示室を歩く「バーチャル写真館」。
統合リサーチ
研究者向け。選んだ資料をまたいで AI に聞き、根拠の番号つきの答えと、AI を使わない用例検索を出典つきで書き出せる。
デジタルアーカイブ
写真・冊子の見開き・新聞記事・映像を、一覧・検索・地図・拡大表示(IIIF)で見られる土台。題名・日付・場所・権利は人が確かめて登録し、委員会が認証する。
2種類
AI
資料の公開範囲によって、行き先を自動で分ける
14機能
AI を使う機能
Claude が 11、運営のサーバーの AI が 3 を受け持つ
12本
AI への指示文
根拠の順位、推測で言い切らない、人物を特定しない、などを明文化
20種
利用条件
報道機関の許諾、教育・研究目的、CC ライセンスなどから資料ごとに選ぶ
10種
権限
登録・編集・認証・書き出し・分析・監査などの役目を分ける
88本
サーバー処理(API)
すべての入力を検証し、権限を毎回サーバーで確かめる
二つの AI を使い分ける
資料の中には、提供元との取り決めで「指定した人にだけ見せる」ものがあります。こうした資料を外部の生成AIに送ることは取り決めの趣旨に合わないことがある一方で、見る権利のある人が AI に質問できないのも不便です。そこで、運営が借りた GPU サーバーの中だけで答える AI を用意し、資料の公開範囲をサーバーが毎回確かめて、AI の行き先を自動で分けています。
| Claude | 運営のサーバーの AI | |
|---|---|---|
| 動く場所 | Anthropic 社のサーバー(米国) | 運営が借りている GPU サーバー(GPUSOROBAN、NVIDIA RTX A4000) |
| モデル | Claude | Qwen3.5-35B-A3B(公開されているモデル)と、意味の索引に Qwen3-Embedding 0.6B |
| 受け持つもの | 「だれでも」「ログインした人」の資料で、AI の参照を許可し、委員会が認証したもの。学習・資料の読み取り・お問い合わせなど | 「指定した人だけ」の資料への質問、新聞のローカル読み取りの要約、統合リサーチ |
| データの行き先 | Anthropic の商用向け規約に従って扱われる | 運営のサーバーの中だけ。外部の AI 会社には渡らない |
- 四つの道をすべて塞ぐ
- 「指定した人だけ」の資料が Claude に渡りうる道は、資料ページの質問、画像の読み取り、新聞紙面の読み取り、トピックの提案の四つでした。2026年10月15日に、そのすべてをサーバーの側で塞ぎました。資料ページの質問は、Claude を呼ばずに運営のサーバーの AI へ回します。
- 置き場所も分ける
- データベースは一つのまま、画像と動画の置き場所を公開範囲で分けています。公開範囲を変えて保存すると、サーバーが画像を写し、資料の記録を書き換え、古いほうを消す順で移します。置き場所だけでも Claude に送るかどうかを判定できます。
- 止まっても壊れない
- 運営のサーバーが止まっているときは「ただいまAIが使えません」とだけ表示し、事情は利用者に見せません。AI を使わない用例検索と、新聞の文字認識はそのまま使えます。
AI に渡す資料を選び、確かさに順位を付ける
AI チューター・議論・クイズの材料にするのは、四つの条件をすべて満たす資料だけです。質問を2文字ずつの断片に分けて索引から候補を探し、条件を通ったものから最大6件を渡します。新しく登録する資料は「AI が参照しない」設定から始まり、登録する人が許諾を確かめてから切り替えます。
渡す資料は、情報の確かさの順に並べ、それぞれに見出しを付けます。AI への指示文では、日付・数・人名を答えるときは人が登録した情報だけを使い、食い違えば上にあるほうを正とするよう求めています。
- 題名・日付・場所・メディア・トピック(新聞は新聞社・発行日・見出し)人が確認して登録したもの。ここが正
- 資料の説明人が書いた本文。この資料についていちばん確かな情報
- 新聞記事の要点と全文の書き起こし人が確かめたもの
- 映像の題・説明・書き起こし人が書いたもの
- ページから読み取った文字AI が画像から起こしたもの。読みちがいがありうる
- 画像そのもの縮小して送るため細かい字は読みちがえる。写っている様子を答えるときだけ使う
- 推測で言い切らない
- 資料にないことは断定せず、「記録によると」「一般には〜と言われています」で確かさを示します。かすれて読めない字は1字につき□1つとし、推測で埋めません。
- 人と犠牲者への配慮
- 写っている人物が誰かを推定しません。人の死をクイズの題材にせず、犠牲者数を答えさせません。こわがらせて終わらず、実際の避難判断は自治体や気象庁の情報に従うよう伝えます。
- 最後は人が確かめる
- AI が画像や紙面から読み取った文字は、保存する前に人が見て直します。すべての資料は、委員会の認証の係が中身を確かめて「認証済み」の印を付けます(2026年10月17日から全件)。
新聞を、紙面を外に出さずに読む
新聞社との取り決めによっては、紙面の画像を外部の AI に送れない場合があります。そこで、国立国会図書館が公開する文字認識 NDLOCR-Lite を利用者のパソコンのブラウザの中で動かし、紙面の画像をそのパソコンの外へ出さずに本文を文字にする仕組みをつくりました(2026年10月10日から)。記事分け・段落分け・数字の手当ては AI ではなく、行の位置と縦書きの新聞の組み方の決まりから割り出す独自の計算です。読み取った文字は一字も書き換えず、AI に任せるのは3文以内の要約だけで、それも運営のサーバーの AI が書きます。
見出し
新聞社
全文
要約運営のサーバーの AI
この記事の文字を Claude に渡さないオン
- 紙面を読み込む
- 行を探して読む
- 罫線を見つける
- 記事に分ける
- 欄に入れる
文字認識は縦書きの紙面に特有の組み方でつまずきます。読み違えたところを画像から見つけ出し、該当する字だけを差し替えています。
| 紙面の組み方 | そのまま読むと | 手当てのあと |
|---|---|---|
| 縦中横(2〜3桁を1マスに横に組む)「(59)」 | (59) 横長のマスを見つけ、横書きとして読み直して数字だけ差し替える | |
| 組文字(㍍・㌻を1字に詰める)「三百㍍の高さ」 | 三百□の高さ 抜けた位置に「読めなかった字」の印を入れる | |
| 同じ字が続く「2005」「ここ」 | 2005 ここ ブラウザ向け移植版の、続く字を1つにまとめる処理を外した |
手元の3枚の紙面で試した結果です。正解は人が紙面を見て判断しました。紙面1枚の文字認識と記事分けは、RTX 4060 を積んだパソコンで約40秒〜1分です。
| 紙面 | 結果 | 残った誤り |
|---|---|---|
| 長崎新聞 1990年11月18日(スマホで撮った切り抜き。記事3つ・広告・題字) | 3つの記事に正しく分かれ、題名に合う主な記事を選んだ。㍍の抜けに□が入った | 大見出しの白抜き文字「200年」を「20年」と読む |
| 「火砕流35年/大学に転身 教訓共に考え」(記事1つ) | リードから署名まで紙面どおりの順と段落。縦中横の (59)(76)(20)・95年・91年・31年を正しく読んだ | 読点をはさんだ縦中横「28、29日」を読めない |
| 島原新聞 1992年3月4日(記事1つ・枠の広告・題字) | 枠の広告を本文から除いた。㌻の抜けに□が入った | 「六百㌻を超えた」の㌻は見逃した |
資料ごとに、公開のしかたを決める
権利者との取り決めは資料ごとに違います。だれに見せるか、AI に参照させるか、持ち出しを認めるか、どんな利用条件かを1件ずつ設定し、サーバーが画面・API・拡大表示・書き出しのすべてで毎回確かめます。新しく登録する資料は、慎重な側の設定から始まります。
| 設定 | 選べる値 | 新しい資料 |
|---|---|---|
| 公開状態 | 下書き/公開 | 下書き |
| 閲覧制限 | 制限なし/ログインした人/指定した人(メールドメイン・アドレス・グループ)。見られない人には、資料そのものが無いものとして扱う | 制限なし |
| AI の参照 | 許可/許可しない | 許可しない |
| 画像の持ち出し | 許可/許可しない。許可しないなら画面と拡大表示は長辺3,000pxまでで、タイルを集めてもそれ以上細かくならない | 許可しない |
| 透かし | 入れる/入れない(表示するときだけ重ね、保存した画像には手を加えない) | 入れる |
| 紙面のモザイク | 掛けない・10%・20%・25%・30% | 掛けない |
| 新聞の全文を見せる相手 | だれでも/ログインした人だけ/出さない(「出さない」は AI にも渡さない) | ログインした人だけ |
| Claude に渡さない | オン/オフ。ローカル読み取りをすると自動でオン | オフ |
| 利用条件 | 20種(報道機関の許諾あり、教育・研究目的に限る、CC BY-NC など) | 未確認(調査中) |
モザイクの強さ
原寸のまま
目の数は、基準の長辺3,000pxから「3,000 の(1−強さ÷100)乗」で決めます。縮小画像でも拡大表示でも同じ粗さになるよう、実際の画像の大きさではなく基準の長さで決めます。30%で本文の字が読めなくなる程度です。
資料をまたいで調べる
研究や論文のために、選んだ資料をまたいで質問し、根拠の番号つきで答えを得る「統合リサーチ」を備えています(2026年10月18日から)。答えるのは運営のサーバーの AI だけで、外部の AI 会社には送りません。言葉が一致しなくても同じことを述べている箇所を探せるよう、本文を意味の索引(ベクトル)にしています。
- 資料を選ぶ期間・種類・新聞社・年・テーマで絞る。見られない資料は入らない
- 断片に分ける500字ずつ、となりと100字重ねる
- 意味で探す質問に近い断片を選ぶ。1つの資料から取るのは既定で4つまで
- 番号つきで答える文ごとに根拠の番号。食い違えば両方を並べる
- 出典つきで書き出すMarkdown・JSON・CSV。論文のメモにそのまま貼れる
答えの形
文ごとに、根拠にした断片の番号を付けます[1]。資料どうしで日付・数・言い方が食い違うときは、どちらかに決めずに両方を番号付きで並べます[2][3]。断片に書かれていないことは「選んだ資料からは分かりません」と書きます。
- 用例検索(KWIC)
- AI を使わずに、選んだ資料の全文から語を漏れなく探し、前後40字を並べます(最大5,000行)。年ごと・新聞社ごとの出てくる数も出るので、「この語がいつ・どの新聞で・どう使われたか」を数えられます。AI が止まっていても使えます。
- 答え方を選ぶ
- まとめる・年表にする・資料ごとに比べる・事実を並べる、の4つから選び、根拠の数も8〜32件で調整できます。
残さない、見せない
- AI の答えは残さない
- AI の答えは保存しません。ログイン中の利用者が AI にした質問の文は、利用規約に明記したうえで監査用の記録に残し、読めるのは監査の権限を持つ人だけです(管理者でも読めません)。
- 記録を二つに分ける
- 資料ごとの閲覧数や検索語の回数は、個人と結び付かない合計として数えます。個人の行動記録には名前やメールアドレスを入れず、アカウントの番号だけで残します。アンケートは回答者を保存しません。
- AI に個人情報を渡さない
- お問い合わせの AI には、メールアドレスを[メール1]のような目印に置き換えてから送ります。お名前は AI では聞かず、送信前の画面で本人に書いてもらいます。
- 判定はサーバーで
- データの書き込み、権限の判定、AI への送り先の判定は、すべてサーバーで行い、ブラウザの表示だけには頼りません。ログインには2段階認証を求めます。
開発の記録
仕組みは使われながら改良を続けています。2026年10月の主な変更です。
新聞のローカル読み取りを始める。紙面の画像を外に出さず、ブラウザの中で文字にする
資料の認証を加える。権限「認証の係」と、「未認証」「認証済み」の印
「指定した人だけ」の資料を Claude に一切送らない。画像の置き場所を分ける
すべての資料に認証を求め、Claude には認証済みだけを渡す
運営のサーバーの AI(Qwen3.5-35B-A3B)をつなぐ。統合リサーチを作る
統合リサーチに用例検索と出典つきの書き出しを足す。新聞の要約を、ブラウザの中の小さな AI から運営のサーバーの AI に替える
目指すもの
資料を保存するだけの場所にせず、学び、問い、語り合い、調べるなかで資料が使われ、声が積み重なっていく形を目指しています。そのために、AI をどこで・何を材料に動かすか、何を外に出さないかを、資料一件ずつの取り決めにまで結び付けて設計しています。デジタルアーカイブを「使われる場」にしながら、資料を託してくれた人との約束を守る。その両立を、システムの設計そのものから考えている研究です。